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通常の経済状態に戻るための再調整は、政府の愚かな政策によってうまくいかず、景気回復は妨げられている。 政府からの最悪の提案は引きも切らない。
すべての企業や銀行を救済することは、健全な企業から資本を奪い、不健全な企業に与えていることである。 不健全な企業が倒産すれば、新しく有能な経営者を迎えられたのに、その機会を奪っていることになる。
バラク・オバマ大統領の税制は、豊かな層に対する増税と貧しい人々に対しての減税が含まれている。 オバマ大統領は、現在アメリカの富裕な一○%が、所得税全体の六八%を支払っているという事実に満足していない。
この比率をもっと高めようと言うのだ。 累進課税制度によって、人々は貯蓄よりも消費へと向かう。
そして、これこそが新税制のポイントなのである。 つまり、「不景気のときは消費を喚起することが良いことなのだ」という迷信が今でも生きているのだ。
この迷信は、政府による何百億ドル、いや何兆ドルにものぼる景気刺激策の基にもなっている。 アメリカ国民が金を借りまくり、消費しまくることで、現在の経済危機が生じたのだ。

それなのに、政治家たちは、国民に金を借りさせ、そして消費させることで経済危機から脱却しようとしている。 まず、政治家たちが主張する経済不況から脱出するための戦略を見ていこう。
政治家たちはこの戦略がお気に入りのようだが、全く検討に値しないものである。 彼らのお気に入りの戦略とは、「人々に消費させる」というものだ。
オバマ新政権の巨大な社会資本整備事業やジョージ.W・プッシュ前政権の減税策など、これまでの政権の景気刺激策の基になっているのは、消費者が金を使うことで経済が活性化する、という信念である。 この非論理的な主張の中にも幾許かの真実はある。
消費者の支出は確かに経済を活性化させる。 だが、経済が活性化するのは、すべての企業が、消費者が何を欲しがっているかを探りながら、何をどのように、どれくらい作るかを自分たちで決定できるときに限られる。
企業は消費者が欲しがっている製品を作れなければ生き残ることはできない。 言い換えれば、「消費者が経済を活性化させる」のだ。
それは、消費者の願望が、企業の生産を突き動かすモチベーション。 景気が後退局面に陥りそうになると、国民は、経済を成長軌道に戻そうとして財布の底をはたいて消費に走る。
しかし、消費しようにもその金がなくなってしまったら、どうしたら良いのか?この部分は全く説明されない。 不況下では、貯蓄という行為は非難される。
しかし、貯蓄とは本来、慎重で、思慮深い行為である。 一セントを貯蓄したらその分だけ消費されないことになり、それだけ経済が上向かないと言われる。

こうした誤った考えが、二○○八年の景気刺激策やその他の似たような、馬鹿げたプログラムの基になっているのである。 「消費は経済にとって素晴らしいものだ」という間違った考えは、国内総生産(GDP)を経済の健全性を測る指標として使いだしてから、頻繁に言われるようになった。
GDPとは、ある年にある国で販売された最終消費財とサービスの価格を合計した数字である。 従って、GDPには、最終消費財を生産するために必要な、中間もしくは高次の生産段階を全く考慮に入れていない。
なぜなら、それらは、最終消費財の「構成要素」として入っているし、そもそも最終消費財ではないからだ。 しかし、高次生産段階で生産されるものは、経済において大きな部分を占めていて、それらを考慮に入れないと、消費者の支出の合計で構成されている経済全体の姿を歪めてしまうことになる。
「消費が経済を活性化する」という考えに固執して、高次生産段階などを統計から外してしまえば、確かに、消費を支持する人々が言うように、経済の七○%を消費が構成していることに生産せねばならない。 なる。
この数字が全く不正確だというのはもはや明らかであろう。 消費とは、モノや財を「残さず使いつくす」ことである。
モノや財を使いつくすだけで、どうして国が豊かになるのだろうか?モノやサービスを使いつくす前に、それらが生産され、生み出される必要がある。 生産があって初めて消費が可能となる。
生産されることで、私たちは自分たちが欲しいモノを手に入れることができるからだ。 消費を拡大するには、まず何かをお店で買い物をする消費者たちは、どこで、財やサービスを購入し消費することが可能となる購買力を手に入れるのだろうか?消費者は、何かを生産する「生産プロセス」に貢献することで金を得て、それを使っているのだ。
消費者は、人々が欲しがっているものを生産する上で、何らかの役割を果たして、金を得ている。 Jはほぼ二世紀前に、「消費が経済を活性化するという考えは間違っている」と断言した。

ミルは次のように書いている。 「国を豊かにするには、消費ではなく、生産をすることである。
製品が生産されれば、それが消費されないなどということは起こらない。 生産するということは、生産者が消費者の願望に応えるということだ。
生産者が消費者の欲しがらない製品を作るために労働力を無駄に使うだろうか?生産者は自分で生産したモノを、自分自身で消費しようとはしない。 彼が生産し販売するのは、それによって金を得てモノを買おうとするからである。
従って、「生産者が一般に、より多く生産し販売すると、それによってより多く購買することにつながる」オーストリア学派の景気循環理論が示しているように、経済不況下で景気回復への望まれる最終手段は、消費を人工的に喚起することである。 経済不況は、消費の増加と、それとは両立しないはずの投資の増加によって引き起こされる。
刺激された消費によって、将来の生産に不可欠な高次生産の製品に必要な資源と、現在の消費財需要との間のバランスが崩れてしまう。 このアンバランスについて、経済学者Gは大恐慌時代、次のように警告していた。
「一方的に強化された購買力は危険だ。 なぜなら消費財需要だけが高まると、その後に経済危機が発生するからだ」しばしば語られる間違いに、「生産能力が向上すると、それが生産過剰につながる」というのがある。
人々が購買できる以上の量を生産してしまうということだ。 レーニン主義を信奉する批評家たちは自由市場をこの点から批判し、その批判はメディアだけでなく、ほとんどすべての人に無批判に受け入れられている。
しかし、この主張は馬鹿げている。 増加した生産量は、人々が買える分だけ増えた生産物である。
生産量が増えればそれだけ価格は安くなり、人々は増加した分を買うことができるようになるのだ。 これまで述べてきたように、消費者がモノを買えるのは、彼自身がその前に何かを生産したからだ。

従って、消費を可能にするのは生産である。 企業が消費者の欲しがる分だけを生産する限り、私たちは生産したらその分を消費することができるのだ。
「生産過剰は起こらない。 増加した製品供給はそのまま財の需要につながる」という主張は「セーの法則」として知られる。
経済学者Jにちなんで名づけられた。 J・M・Kが、セーの法則を否定したのは有名だ。
しかし、K自身に言わせれば、彼はセーの法則を誤解していた。 Kは誤解したままセーの法則を否定したということだ。

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